| エ:遠藤賢司 |
| エンケンは、フオークでもロックでも歌謡曲でもなく、「THE遠藤賢司」である。とにかく、個性が強すぎるのだ。時代劇のスターが好きで、中村錦之助の写真を観て喜んだりしている所も、ちょっと変わった感じがする。今はどうか知らないが、昔はプロレスが好きで、吉田拓郎の深夜放送(パック・イン・ミュージック?)でよくエンケンとプロレスの話をした話題が出ていた。彼のレパートリーには、「輪島の瞳」というプロレスラー時代の輪島賛歌まである。それにしても、選んだレスラーが輪島とは渋い!渋すぎる。 |
| はじめて観たのは、69年8月17日の円山野音の「第4回フオークキヤンプコンサート」で、僕は中学3年だった。68年〜69年当時京都のキャンパスフオークシーンとURC系フオークの緊密な関係については、今の所、誰もキチンと論じてないように思うけど、割と違和感なく一緒にやっていたような気がする。それは、68年のフオークルの存在が貢献していると思うけれど、その時点で、僕がいちばん好きだったのは、マヨネーズという地元の大学生グループで、甘いメロデイとおもしろいお喋りが子供には魅力だった。でも、岡林や風船などU系アーテイストも大好きだったんだな〜。とにかく、彼等はペシヤリがうまいから・・・ ところが、遠藤賢司のステージだけは、とにかく違和感があった。トーキングブルース的な歌い方は、はじめて聞いた種類の音楽だし、トークも短めで暗いという印象しか残らなかった。東京に対抗意識を持つ関西人の常として、「東京もんの音楽は、わからん」と決めつけていたのだった。ゴメン! |
| そんな僕が、東京に7年間も住んでいたんだから、世の中わかりません。(今やすっかり、東京好きだからね。)エンケンでいちばん有名な曲と言えば、「カレーライス」だけど、東京在住時に、渋谷のワルツ(エンケンの愛猫の名を冠した喫茶店=宮下公園の手前にあった)に行って、あのピラミッドカレー(ご飯の形がピラミッド型で、その廻りにカレーがお堀の水の如く皿にのっている)も食べました。これは、なかなか味も良かったような記憶があります。 |
![]() |
| そのピラミッドカレーもコラージュされているPOPなジャケが、「東京ワッショイ」なんだけど、とにかくその尋常でないテンションに驚かされます。並のパンクロックでは太刀打ち出来ないそのパワーと説得力。言い切ってしまう強さの極北です。<良(い)い時は、最高、悪い時は、最低・・・だから、嘘はつかない良い奴さ。今日は気分はどうだい、東京!>と吐き捨てられるように歌われる時、すっかり東京人になったつもりの僕は、「Oh!Yeah」と叫んでしまいました。この曲は、ひねくれているようでいて、すごく心のこもった東京賛歌(服部良一作の「東京の屋根の下」と並ぶ)だと思う。 |
| アルバム発売直後に「ICU」の教室であったライブ(トリは、久保田真琴と夕焼け楽団)でのエンケンは、「不滅の男」の歌詞のまま、寝ころんで観客の「K・E・N・J・I」の連呼に立ち上がるという演出まで披露。何と最初から最後までカラオケで歌った。<頑張れよなんて、言うんじゃないよ。俺は、いつでも最高なのさ>と歌われたら、もう理屈は要らなくなる。 |
| 99年7月10日に円山野音で、30年ぶりに「フオークキヤンプコンサート」が開催(なれあいシンガーズの藤村という人が発起人か?)され、そこには多くの懐かしい顔ぶれ(中山ラビ・中川五郎など)と共にエンケンの姿があった。その日のエンケンは、ギター1本で、30年前と同じ(いやそれ以上の)違和感を会場に撒き散らかし、そこが変わらず彼らしく、大変素敵だった。 |
| 申し訳ないが、エンケンは、新譜が出れば買うという対象ではない。けれど、ずっと気になる存在です。ニールヤングのように、幾つになっても鬼気迫るテンションのエンケンを期待しています。そう、あの歌詞のように<年を取ったとか、そういう事じゃないぜ>なのです。 |
| 2002年1月 YASU |