| シ:ジョージハリスン |
| ビートルズは、「 Let It Be 」の頃がリアルタイムで、僕は中学生だった。その前には、衛星中継で「愛こそはすべて」を観たような?記憶が…不思議な事に、当時夢中のGSでは、タイガースやテンプターズなどストーンズをカバーするグループが多く、僕の中ではストーンズの方が知っている曲が多かったりしたけど、中学時代に聴きに行ったAFLなどカレッジフオークのコンサートで聴くビートルズ関連のカバーにシビれて(古い表現だ!)、シングル盤を何枚か買いました。例えば、「今日の誓い」「恋に落ちたら」「愛なき世界(ピーター&ゴードン)」など、渋いね。僕の廻りには、ビートルズ解散の報にショックを受けていた奴もいたけれど、加山〜GS〜フオークという歩みの僕にとっては、まさによその国の出来事でした。 |
| ジヨージハリソンは、ビートルズの中では地味な存在だったけど、解散後いち早く注目を浴びた。それは、アルバム「オール・シングス・マスト・パス」からシングルカットされた「マイ・スイート・ロード」のヒットと、それに続く「バングラデッシュ(のための)コンサート」の記録映画(ライブ映像)並びに3枚組のライブ盤の発売のせいで、映画の中でのジョージは、白いスーツ姿と髭が何ともカッコよかった。アルバムボックスに収められているブックレットにも、美しいライテイングの中で輝いている男前ジョージの素敵な写真が残っている。 |
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そんなジョージが、一度だけジヤパンツアーをしたのが1991年の暮れで、エリッククラプトンバンドを従えてのステージだった。クラプトンは、当時既に何度も来日していたが、90年代に入って充実しまくりの時期で、友人であるジョージの音楽活動再開のリハビリツアーのお供をしたのだった。僕がジョージの曲で好きなのは、「マイ・スイート・ロード」と「過ぎ去りし日々」位だったにも拘わらず、バックをクラプトンが務める(途中4曲程、自らのレパートリーも披露)というので、行きましたよ大阪城ホール。12月10日、ジョージはご機嫌さんのまま、楽しみながらステージを駆け抜けた印象で、観ている僕らをとても暖かな気分にさせてくれた。その夜、クラプトンの「ワンダフル・トウナイト」が聴けて、楽しい帰り道になったような記憶もあるが、何せ11年前だもんね。 |
| 昨年ジョージが亡くなった時、1本のカセットテープの存在を思い出した。その1991年のジヤパンツアーの公式ライブ盤(東京公演を収録)のCDを、何処かのTSUTAYAからレンタルしてダビングしたものだが、今や廃盤らしく、その話を聞きつけて僕にテープを借してくれという友人まで現れた。(これ、追悼効果ね!)聞き直してみると、これがメチャよろしい。リラックスした演奏だけど、手抜きがないすごく誠実なプレイぶり。クラプトンとのギターが絡むお馴染み「ホワイル・マイ・ギター…」などギターを充分にフイーチユアした演奏はもちろん、コーラス隊とのアンサンブルなど、ええとこ満載!何より、ジョージの曲ってこんなにいい曲あったんやと、思わず驚く曲がたくさんある事実。「チアー・ダウン」から「デビルズ・レイデイオ」「イズント・イット・ア・ビテイ」そして「ホワイル・マイ・ギター…」と続くエンデイング前の数曲。楽曲の良さ+演奏の質の良さが絡まって、ロックの王道を感じさせる素晴らしいパフオーマンスです。「サムシング」や「ヒア・カムズ・ザ・サン」をはじめとするビートルズ時代のレパートリーも、散髪してスッキリ若返ったような印象。そして、いつもテープが「マイ・スイート・ロード」「過ぎ去りし日々」と続けて演奏される後半になると、遠くに観たあの夜のステージが一瞬浮かんで、僕を11年前の幸せな時間に戻してくれる。1991年12月10日、あの夜のライブが、永遠にジョージハリスンを「私のビートルズ」にした。合掌 |
| 2002年 6月 YASU |