漂月記
| 02/2月deYASU |
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| 「誕生日 宵のえびすに ごまかされ」と私には、1月9日の誕生日の夜、えびすさんの帰りに一杯飲んで、「お誕生日おめでとう」の言葉をいただくという恒例行事があるのですが、そこで購入した店に飾る福笹(商売繁盛「笹」持って来い…というフレーズは、関西ではおなじみ)を1年後返しに行く場所は、我が家(というより店)では、2月3日の節分に吉田さん(吉田神社)と決まっております。午後11時までに行かないと「火」に間に合いませんので、10時頃にはお参りして、古いお守りやお札と共に福笹を燃やしてもらうべく係の人に手渡します。その帰りにどこかの店で一杯とこれも恒例で、その日は「結婚記念日おめでとう」という事になります。「節分は、吉凶なし」という事で、この日を選んで結婚式を挙げてから、今年で19年目となりました。…とそうこうしていると、いつのまにか冬の行事も終わって、京都は春を待つ季節となります。 |
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| 2月の話題は、何故か「昭和」がキーワードになりました。まずは、2月12日大阪府立体育館第2競技場の全日本プロレス大阪大会。1月の移籍騒動(新日の武藤・小島・カシンが契約を拒否して、全日へ主戦場を移すべく行動開始)の新聞報道を見て、すぐに切符を押さえたのが失敗だった。最終戦の日本武道館大会まで、武藤達は地方会場には帯同しない事がその後に判明。ア〜先走りだったなと、期待せずに行った会場に入ってビックリ!全日の地方会場の照明の暗いのは知っていたが、会場全体のムードまで暗い。急速に衰えてしまった(たぶん、元子社長に期待されていない事を悟ったのか?)Sウイリアムスからはやる気が感じられないし、嵐にコテンパンにやられる荒谷には、「ガンガン行け!」と言うのも気の毒な程、地力がない。太陽ケアとMバートンが絡むセミからようやく会場が盛り上がって来たが、全日再出発(一昨年の夏)直後の熱気を知る者からすると淋しい限りである。しかし、光る選手が一人いた。セミに出た奥村茂雄である。体は小さいが、とにかく負けたくないというような顔をしてリングに上がっている。ノアの杉浦貴もいい顔しているが、奥村は体全体から気迫が出ている。相手に突っかかっていく姿は、星野勘太郎を思い出させる。誰かよいパートナーが現れればヤマハブラザーズの再来として売り出せそうである。 そんな会場でのメインは川田・長井組VS天龍・田中のタッグマッチ。このシリーズの最終戦で絡まない川田と天龍だけど、そんな事お構いなしの二人の攻防は凄かった。スタンドでの打撃戦(殴る蹴る)というより我慢大会、天龍がチョップを放つ度に会場の熱気が1度ずつ上がって行くようだ。受ける川田も全日イズムを体現する。天龍の体は、ジヤンボとやっていた頃からすると確かに衰えている。しかしこの夜、天龍の気力は衰えていなかった。長州たちジヤパン勢が新日にUターン後に、地方会場でも手を抜かずに全日の砦を守ったあの天龍同盟が再現された大阪の夜。SWSからWARと旅に出て、そして全日に戻って来た若頭も今や50の齢も過ぎ、最後のご奉公に体を張る。映画なら、高倉健の役どころでっせ。昭和のプロレスとは、噛み締めれば味があり、そこには近寄り難いプロの怖さがある世界なのだ。源ちゃんがリングに居る限り、平成のプロレスフアンも昭和のプロレスを体感する事が出来ると思う。 |
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| そして、「クレシン」である。「映画秘宝」の2001年ベストワンにして、私が敬愛する快楽亭ブラック師匠が涙したベストワン作品。快楽亭の師匠の映画と歌舞伎を観る目は確かだ。私は師匠の紹介文(これもベストワン作品)により、我が生涯の5本の指に入る「コキーユ〜貝殻」に出会う事が出来た。(師匠おすすめの「手をつなぐ子ら」は、何としても観たい!)キネ旬でも、女性で10点満点を入れていた人がいたが、そんなこんなでの凱旋上映なんだろう。しかし、みなみ会館で朝10時過ぎからの1回上映は、きついぜ!その「クレヨンしんちゃん・嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」は、「20世紀博」なる常設のアミューズメントパークを運営する「イエスタデイワンスモア」が万博世代(私だ!)の親達を懐かしい匂いで洗脳してしまうという話なんだけど、正直期待が大き過ぎたという感じで、私は映画館を後にした。 「イエスタデイワンスモア」の主宰者は、21世紀に絶望して昭和30年代の世界を人工的に創出し、その町のアパートに住んでいる。その部屋には、白黒テレビや踏んで使うミシンがある。商店街は○○屋さんが軒を列ねて、大型店もなく商店の人達にも活気がある。まさに、町に匂いがあった時代なのだ。私が、「アイウエオOK」の<コ>小林旭の項で書いた映画が量産されていた時代、戦後の日本がまだ若く、親(アメリカ)の保護の元に幸せだった頃。昭和という言葉は、世代によって様々な時代を思わせるだろうが、私には昭和35年から44年までの10年間が浮かぶ。万国博の開催と共に、日本もオトナになり町の匂いに振り返らなくなっていった。この映画の優れているのは、そんな感傷(イエスタデイワンスモア)が敗北し、現実が勝利するという苦い結末である。しかも、絶望した「イエスタデイワンスモア」の主宰者が死を選ばずに生き延びるという厳しさである。この映画には、単純に過去を美化し懐かしむ者(私だ!)への強い警鐘がある。「生きるという事は、何処にも逃げられない事なんだ。」という、作者のメッセージを感じる次第です。とここまで書いて、何と深い映画なんだと気づく、やはり「クレシン」恐るべしか? |
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