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漂月記

03/6月deYASU

春のある日、僕の携帯にM社のIさんから電話がありました。「ロシアのアルタイ共和国のアーテイストで、「カイ」という英雄叙事詩を演奏するボロット・バイルシエフの京都公演会場を探しているんだけど、新京極の誓願寺に話をつないでくれないか?」というものでした。その話を聞いた時には、「カイ」が何なのか解りませんでしたが、ヒカシューの巻上公一が共演するというので、おもしろいと思い、その話に乗りました。結果、新京極商店街振興組合で後援する事となり、当日は来場客にドリンクをサービスする手伝いで、僕も公演のスタッフの一員として参加しました。公演の内容も、誓願寺の僧侶の声明とのコラボレイション(京都会場のみ)、巻上氏のテルミンの演奏やボイスパフオーマンスなど盛り沢山で、お寺の堂内というシチュエーションと相まり、満員のお客さんも満足した様子でした。東京では、文京区のシビックホールという場所が公演会場だったそうですが、京都では、お寺しかも繁華街の真ん中に位置するお寺が会場という事で、ボロットや巻上氏もそのミスマッチを喜んでくれました。M社のIさんとは、かって「市民ミュージアム」というイベントを何年か一緒にやりましたが、今回その流れは続いているんだという事が判って、嬉しかったです。

四谷シモンという名前は、僕にとって伝説で、本の中でしか出会う事のない憧れの人物でありました。状況劇場の初期を彩る女形であり、奇怪な人形を造る人。大変失礼ですが、猟奇の世界の住人のようなイメージを抱いていたのです。マントを翻しながら夜の帝都に出没する女装の怪人なんて言うと、江戸川乱歩になりますが、そういう感じです。何せ、はじめて状況劇場を観たのが、「海の牙」ですので、その2年前にはシモンさんは状況劇場を去っていた事になります。偶然というか、今年になって講談社現代新書から出ている「人形作家」というシモンさんの本を発見しました。嵐山光三郎が聞き書きして構成したシモンさんの自伝ですが、これが凄くおもしろい。とくに前半の生い立ちから少年時代、人形作家を目指すまでのエピソードは、それ自体が小説のように波瀾万丈です。そして、渋澤龍彦との出会い、もちろん状況劇場の件は興味深かったです。役者を辞めようと思った時の「なんでかな。もっと盛り上がりたいのに、つっこみたいと思っているのに、なんで醒めて冷静になっちゃうのかなあ」という気持ちは、リアルでした。本には、篠山紀信の撮影による人形の写真がたくさん掲載されていて、四谷シモンという人形作家を知るには最適の1冊です。



そのシモンさんの人形を含め、現代の<作品としての人形>を一同に集めた展覧会が、「今日の人形芸術」のタイトルで開催される事となり、そのオープニングセレモニーが、5月29日に京都文化博物館で行われました。(その模様を、この6月分に書かせていただきます。)毎回招待状は頂くものの、セレモニーには行った事がなかったのですが、今回は1日も早く観たかったので、勇んで出掛けました。すると、何と来賓としてシモンさんが来ているではありませんか!この機会を逃さずと、会場内で来客が途切れるのを待って、お話をして、ついでに持参していた「人形作家」の本にサインをいただきました。「今日の日付も入れてください。」とおねだりも厚かましくです。その時の模様を、京都文化博物館のMさんが写真に撮ってくれていました。感謝です。シモンさんは、驚くほど穏やかな感じの人で面食らいましたが、後日に開催されたトークショーのやり取りの中に、作家の気骨というか頑固さを感じました。職人さんの世界から作家の世界までを往き来したシモンさんのベースは、技術力にあると思いました。素晴らしい感性も確かな技術が無ければ生かされない事を、嫌ほど体感されて来たのでしょう。近づくと恐い人かも知れませんが、作家というのはそうでなくてはいけないと思います。状況劇場の「唐版・風の又三郎」の台詞に「君は、だ〜あ〜れ」「僕は、読者です。」というのがありましたが、読者やフアンは、<遠くからそっと>というスタンスが、粋ってもんでしょう。(その言う割に、サイン貰ったりしていますが…。)展示されたシモンさんの人形は、どれもこちらに向かって何か言いたげな様子でした。とくに、箱の中に収められている人形は、「ここから出してくれるように、ご主人様に伝えて!」と訴えているような気さえしました。自由になれない事の悲しみと居場所を与えられた安らぎのいづれもが、振り子のように揺れている人形たちでした。それは、今思い返してみると、展示されていた他のどの人形たちより演劇的であるという気がします。

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