漂月記
| 02/4月deYASU |
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先月「ミスタールーキー」を観て、映画の中での阪神優勝とラストの「六甲おろし」に久しぶりのウルウルズとなり、「あ〜自分は、やっぱり阪神フアンなんだ!」と実感したのも束の間、4月に入って阪神の開幕ダッシュには驚きました。最終戦で優勝を争った年(巨人V9の年)、その試合を観るために東京から甲子園に駆けつけて以来、球場にはご無沙汰ですが、こうなると行きたくなるね。これが、経済効果というものか?とにかくスポーツ新聞を観る楽しみが増えましたが、東京に出張の折は、「デイリースポーツ」をコンビニなどで早めに押さえる(東京では、トウチュウと並んで部数が少ない)のが大変です。デイリー1面での、江夏vs田淵のツーショット写真を見るだけで、あの日々の感動が蘇り、プロ野球も、記録だけでなく記憶のスポーツでもあると実感しました。 昨年の「第3回京都映画祭」のイベント部会に、商店街の理事として私が出向したご縁で、映画祭の実行委員長である中島貞夫監督の「京都府文化賞功労賞」と「京都市文化功労賞」のダブル受賞祝賀会(21日・ホテルグランヴイア京都)に行って来ました。沢島忠監督や深作欣二監督も来場してスピーチされてましたが、感激したのは、府や市の行政の型通りの挨拶の後に挨拶した東映の佐藤というプロデューサーの話で、「このような会場では…」と恐縮しながらも、自分が中島監督と組んでいちばん印象の残る仕事は、「にっぽん‘69セックス猟奇地帯」という風俗ドキュメント(これには、当時の紅テント=状況劇場も記録されているらしい)で、当時の東映京都撮影所長の岡田茂(現会長)は、<イロモノ映画>が好きでという話を含め、何度も「セックス」という言葉が祝賀会場に発せられた。さすが、△マーク!!当たる映画がええ映画、「大日本映画党」のマキノ光雄イズムが社風になっている会社と、感じ入った次第でござる。 私の高校〜大学時代(70年〜76年頃)の△マークのA面は、任侠映画の晩年から実録路線に変わりゆく時だったが、B面は喜劇・歌謡映画からポルノ・空手映画までバラエテイ豊かなラインアップで、場末の映画館(例えば、池袋の日勝地下・新宿の昭和館地下など)でよくB面だけを観ました。いちばん好きなのは、梅宮辰夫と山城新伍の「不良番長」シリーズで、映画館のスクリーンの中から客席に話しかける(梅宮がシリーズ次回作のPRをすれば、「アベックやな」「そこ、学割やな」と山城が客をいらう)ので有名な作品「一網打尽」も日勝地下で観て、大笑いした。最近、「ピンキーバイオレンス」という称号を得て、研究書まで発売されたB面には、前述の中島監督や鈴木則文監督のようにA面もB面も撮る監督もいるが、B面中心の内藤誠・野田幸男・山口和彦・関本郁夫等の当時の作品は、覚悟が決まっていておもしろい。 その関本監督のデビュー作「女番長・タイマン勝負」(初見)を観に、自由が丘武蔵野館(昔、推理劇場のあった跡か?)まで行って来ました。当日は、オールナイトなれど、最初の1本だけなら2,500円が1,000円と、ここは大変良心的な映画館ですね。池怜子が、京都(例によって、新京極・裏寺付近でゲリラロケ)・大阪を舞台に暴れるいわゆるスケバンものですが、由利ちゃんや岡八のおいしい場面がちやんとあったり、キャロルの「フアンキーモンキーベイビー」が挿入歌(画面は、パクったママチャリでの集団ツーリングシーン)に入ったり、盛りだくさんの内容でまさに商業映画ですが、当日この作品と併映の日活「野良猫ロック」の長谷部安春に較べると、ぐっとウエットで泥臭く感じます。梶芽衣子は、カッコイイけど弱い女だとしたら、池怜子は、カッコよくなくても強い女、それも突き抜けてる強さがある。(若いのに、おばちゃんっぽい容姿のせいもあるか?)男の視点からしか女を描かない長谷部と、女の立っている場所から女を描こうとする関本。この作品の後に撮った「好色元禄秘物語」もそうだが、今思うとウエットを突き抜けた解放感こそが、関本監督の持ち味なんだろう。新作「およう」も要チエックか? |
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映画と○○と古典芸能が好きだと、まんま快楽亭の師匠のようですが、歌舞伎座の幕見に行って来ました。前回は、「封印切」(富十郎休演が残念…)でしたが、今回は、歌右衛門さんの一年祭(一周忌)での玉三郎の「阿古屋」へ。行くと、びっくり、並んでますよ階段の上へ上へと…。人気があるなあと思っていると、前に並んでいる中年の奥様同士の会話が…「今月、はじめてですか?」「いえ、この間通して観たらよかったので、もう1回観ようと思って…」足元を見れば、ぺったん靴で幕見山の山登り準備もOK!歌舞伎座のお客さんは、1階席はゴージヤスに、幕見はカジュアルにと、ホント心得てます。さて、幕が開くと阿古屋を詮議する侍に梅玉(重忠)と勘九郎(岩永)が登場。勘九郎(落語で言う「まっかいけな顔して、にくたらしいおっさんや」の役どころ)は、大仰な人形振りで客席を笑わせ、舞台に引きつける。恋人景清の行方の詮議を受ける玉三郎(阿古屋)が琴・三味線・胡弓の三曲を弾く事を命じられると、次々に楽器を持ち替えて弾くのだが、とくに、最後の胡弓は、ジャズの即興演奏のよう、しかもベテランのプレイヤーがアドリブを楽しんでいるが如く余裕を感じさせて、見事でした。見事な演奏に感じ入って、詮議をあきらめる重忠に客席も納得出来ます。演奏会ではなく、芝居の扮装(それも傾城のごっつい衣装です)で、役柄を演じながら弾く。楽器の調子を含め大変だろうに、簡単にやってのけているように見せるプロの芸人の業に感じ入った次第です。そう言えば、重忠も余りの見事さに感じ入って相手(この場合は、阿古屋)を認めた訳で、この感じ入るという感覚がないと、歌舞伎を含め日本の古典芸能は理解出来ないのかも知れない?なんてね。 |
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