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漂月記

02/6月deYASU

「孤独を恐れず、孤高に陥らず」この惹句が踊るポスターを新宿の紀伊国屋書店の裏口で見つけたのが3月で、それから3ヶ月あまり待って、ようやく行って来ました「熱海殺人事件・モンテカルロイリュージヨン」。結論から言えば、90年代以降に上演されたどの「熱海」より素晴らしかった。楽日という事もあるが、本当に何度ものカーテンコールが、今回の舞台の素晴らしさを現していたと思います。阿部寛の木村伝兵衛部長刑事は、初演のいんぎんさ溢れるキャラクターに、包容力ともいうべき優しさがプラスされた。これも、時代の演劇である「熱海」の必然性か!最後を締める木村と速水(春田純一)の台詞、「部長、あなたなら、あの6メートル88を越えられましたか」「速水君!」「なんです」「わたしは誰よりも鳥になりたかった男です!わたしなら越えられました」<パンフレットより転載>降りる緞帳(本当は、紀伊国屋ホールのように、もっと素早く降りて欲しかった)そして、70年代から数々の熱海のエンデイングに流れたプレスリーの「Let It Be Me」。くさい、確かにくさい!だが、胸が締め付けられるラスト。(鳥になりたかった男とは、今客席にいる私ではないのか!と一瞬思う)そして、何度となく繰り返されるカーテンコール。歴代の役者たちと同じく、何かを噛み締めているような表情。舞台の興奮が、まだ緊張となって残っている4人の表情から始まったカーテンコール。それが何回目からは、内田有紀などは泣き顔になり、阿部寛による御礼の挨拶をはさんで、最後は全員笑顔に変わった。本当は楽屋で見せる筈の楽日の開放された役者の表情が見れたのも何だか得したような気分で、久しぶりに演劇という奴に圧倒されたまま、劇場を後にした。
「熱海殺人事件」ミステリーにしては、「熱海」という場所の設定に違和感を憶えるこの題名。この芝居を私は何回観たことか!パンフレットにある歴代の木村伝兵衛役7人はもちろんの事、つかこうへい演出の「ソウル版熱海(オール韓国人俳優によるハングル語バージヨン)」まで観ている。しかし、私の「熱海」は、74年に渋谷のプルチネラという喫茶店で上映された劇団新芸の舞台、原敬司という役者による若々しい木村伝兵衛から始まった。(この舞台は、つかの演出ではないが、大山役は加藤健一、熊田役は平田満である)それは、小さく細長い喫茶店を借り切って演じられたまさに小演劇だったのだが、その芝居は、当時まだ輝いていた60年代後半に誕生したアングラ演劇とは明らかに異質な存在であった。「熱海」という芝居は、演劇の虚構性はあるものの、その内容は余りに同時代的であり、リアルな肌ざわりがした。とくに、地方から東京に憧れて出てきた多くの観客にとって、自虐的な感動であった。(私も最初、マイアミ・カトレアに吸い寄せられてあのコーヒーを飲み、スナックでは可愛くコークハイだったのだ)75年<演劇都市>東京で、「熱海」はブレイクした。多くの劇団が、「熱海」を取り上げた。私が通っていた学校の演劇科の卒業制作にも「熱海」がかかった。その時、木村伝兵衛を演じたSさんの押し出しの強い伝兵衛は、今も思い出す事が出来る。ラスト、警視総監への電話で伝兵衛が独白する。「警視総監殿、日本は今大きく病んでおります。この街々の喧噪はいったいなんでありましょう。この悲劇のいかんともしがたい健康すぎる生きのびようは、いったい何なのでありましょう…」<小説熱海殺人事件より転載>ラストの長い台詞のバックに静かに曲が流れてくる。それは、何と和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」だった。その時、私にとって「熱海」は時代の演劇になったのだった。

 今回の「熱海」は、この10年間あまりの中で最もオリジナルバージヨンに近い味わいがした。それは、この芝居の持つ普遍的なテーマが「孤独を恐れず、孤高に陥らず」だからである。風間杜夫が、「富士か!富士を見たら、それは私だ!」と言い切ってしまった孤高の人木村伝兵衛その人が、今回のバージヨンで13階段をのぼる事になっても、そのテーマは、見事に変わっていない。昔、稽古場にシングルレコードを積み上げて、それを次々とかけながら演出するのであろう、つかの姿を写真で観た事がある。パチンコ屋の有線から流れてくるような歌謡曲。そんな曲を、陳腐な歌詞と笑う人がいれば、つい口ずさむ人もいる。後ろ手にサイドステップの「想い出の渚」から、今回は省略された「抱きしめてトウナイト」まで、「熱海」の捜査室で歌い継がれてきた歌の数々。今回は、「シエリー、オレは歌う愛すべきものの全てに…」と尾崎豊が、阿部により熱く歌われた。人々のこころが渇き、街に流れる歌に熱いおもいを感じられなくなった時、あの捜査室のマイクのスイッチが再びオンになり、孤独の闇の向こうから、孤高の人木村伝兵衛はきっと帰って来る。

(注)今回、7月3日のシアタードラマシテイでの「熱海殺人事件」を中心に書きました。6月は、川島雄三監督の連続上映を3本(「とんかつ一代」「グラマ島の誘惑」「幕末太陽伝」)続けて観ましたが、とくに書きたい気持ちが起きなかったので、月が変わりましたが、「熱海」について書いたという次第です。


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