2011年7月の記録と記憶

2011年7月の記録と記憶

前回の続きからスタートします。クレージー・ケン・バンドを初めてご覧になったH子さんの感想が届きましたので、紹介します。「クレージー・ケン・バンド最高でしたよ!新しい世界を垣間見ました。マニアックな音楽を敷居低く楽しく、でもちゃんとお洒落に!不良の大人が楽しみながら本気でやる!ですね。」Oh!!!簡潔にして的確にCKBの魅力を伝えている感想だと思います。

次は、紙媒体の話題を・・・。ついに情報誌「ぴあ」首都圏版が廃刊を迎えました。最終号のおまけについている創刊号の復刻版によると、1972年7月に月刊誌としてスタートしています。翌73年の春から東京で暮らす事になった私にとっては、同期が定年退職する気分です。「ぴあ」お疲れ様でした。 「ぴあ」は、都内の映画館が一覧出来るのが便利で買っていましたが、「ロフト」や「曼荼羅」など当時誕生し始めたライブハウスのスケジュールも掲載されるようになり、ライブハウスに足を運ぶきっかけにもなりました。演劇の情報では、大手の劇団(メジャー)も学生演劇(インディーズ)も同じ大きさで扱うという編集方針に共鳴したものです。また、70年代前半に崩壊した撮影所システムの後を埋め、新人映画監督を送り出す役割を担ってきた「PFF」の開催も、日本映画界への大きな貢献だと思います。同時期、大阪に誕生したプレイガイドジャーナル(ぷがじゃ)の事は、いつか書きます。新刊の単行本はあまり買わないのですが、書店の棚から私を呼んでいたのが、鈴木義昭(よしあき)著の「昭和桃色映画館」(社会評論社)でした。60年代前半に始まる大手映画会社以外の独立プロダクションによる映画群は、いつしかピンク映画と総称されるようになりますが、この本はそんな時代を駆け抜けた関係者のインタビューを基に構成されたB面の日本映画史です。プリントがジャンクされ、歴史の1ページからとっくの昔にこぼれ落ちたままの映画のおもかげを追い求める著者のセンチメンタルジャーニーに付き合うと、「映画は心だ!」(山本晋也監督「脱がせて脱がせて大勝負」劇中での台詞)という声が本のあちこちから聞こえてくるようです。その後、同じ著者の近著を中古レコ屋でGETしました。「若松孝二 性と暴力の革命」(現代書館)ですが、こちらは若松監督の発する現在進行形のパワーの前にセンチな気分など微塵もないのが、「昭和桃色映画館」と対照的でおもしろいです。著者(鈴木義昭)が敬愛する若松監督の実像に真摯に迫った力作で、読み応えありです。

なんかいろいろ終わる話題ばかりですが、京都の夏の風物詩となった円山野音の「宵々山コンサート」も30回でめでたく本締めとなりました。一時中断していた「宵々山コンサート」が再開してからの実質的プロデュ−サーであるIさんは、私のイベントのお師匠さんで、Iさんに教えていただいたキュレーターとしての役割を、今も変わらずイベントを仕切る際の心得としております。今回は、永六輔さんのアイデアで円山野音以外の会場でもいろいろやろうという事になり、新京極の誓願寺でも「宵々山寄席」が開催されました。桂米団治師匠の落語と、永六輔&高石ともやの漫才というとんでもない企画です。始まる前、人寄せ(チケットは完売なのに)として、誓願寺の門前でともやさんとジェイさんのバスクが始まりました。<写真>バスクとは、アイルランドの街角で演奏される音楽のスタイルで、フィドルや手持ちの太鼓を使い、延々と同じフレーズを少しずつ変えながら演奏するものです。昔、ともやさんからオファーがあり、ともやさんジェイさんなど数人が何回か新京極の街角でやりましたが、正直、長時間聴いているのは辛い音楽でもあります。この日は、ともやさんがバンジョーを爪弾き何曲か歌われましたが、歌はダイレクトな反応がありますね。「風」「あの素晴らしい愛をもう一度」など、街角に歌声の輪が広がりました。終了後、ともやさんは「歌は、ガンバレと励ますものではなく、人に寄り添うものものなんだよね。」と、震災後東北で歌った経験を、私に語ってくれました。「宵々山寄席」は、仕事の関係で観れませんでしたが、開演前の永さんのおしゃべり(前説)は聴きました。永さんは、誓願寺が落語の始祖安楽庵策伝に縁のお寺である事を話した後、自分が何故春風亭柳生の弟子なのかをおもしろおかしく話されました。開演前、楽屋でお会いした時は、病気の具合かちょっと心配な感じの佇まいでしたが、ライトを浴びると変わりますね。お元気です。放送作家や作詞家など裏方から出発された方ですが、今やすっかり表方です。また、円山野音では「宵々山コンサート」の前日、「前昼祭」が開催されました。翌日のPAを仕込む前ですが、円山野音の屋根に吊り下げてあるスピーカーを使って行われました。今の人が聴くとショボイ音でしょうが、60年代後半を知るものには、何の不満もありません。フォークなら、これもアリと思いました。この日も終演後ともやさんに挨拶に行ったら、「これなら、来年もやれるね。」という言葉が出ましたので、来年は「昼下がりコンサート」復活か?

今月は、盛りだくさんです。バンちゃんも四条烏丸近くに出来た「ブルーアイズ」というライブハウスに於いて「バンヒロシ的宵宵山コンサート」を開催。開演前に新京極のチラシを持って行くと、店の外で奇妙くんが一人椅子に座ってギターを弾いておりました。挨拶すると、緊張の様子が伝わってきます。この緊張感は、今日の濃いメンツのせいだとすぐ察しました。バンビーノ男組、ねじ梅タッシと思い出ナンセンス、エディ片山とボトルキーパーズ、倫敦馬車、ネーミングだけでも圧倒されそうな面々です。さて、奇妙くんですが、ギターでの弾き語りなので、正面突破に出ました。つまり、大きな声で歌うという作戦?です。対バンの面々やそのファンをビビらす声量で歌ったら、これが受けました。私のリクエスト曲「ルージュの伝言」は、「キャラメルママ」シーちゃんへのプレゼントです。そのしーちゃん(岡崎さん)がギター、リズム隊に森センセ(ベース)、夢ミノル(ドラムス)という豪華なバッキングを従えて歌うは、伝説のロッカーエディさん。シンプルな編成の今回は、すごく決まってました。そのエディさん、前回のパーカーハウスロールの1部では少し硬い感じがしましたが、この日はリラックスムードでダンスやブルーズハープも披露、名曲「木屋町ノックアウト野郎」にシビレました。しーちゃんがボーカルを取るカップスのナンバー「愛する君に」は、イントロのギターが最高!カッコよかったです。バンヒロシ的ブッキング大成功!!来年も楽しみにしています。

映画は、私の70年代のアイドル原田芳雄さんの遺作となった阪本順治監督「大鹿村騒動記」だけしか観れませんでした。原田芳雄さんについては、いつかちゃんと書きたい。亡くなられてから、日活映画「野良猫ロック」のDVDBOXの特典映像のインタビューを再見しましたが、話し方が魅力的な人ですね。ご冥福をお祈りします。「大鹿村騒動記」は、名優達が楽しんで作っている事が伝わって来て微笑ましい映画としか評価出来ません。おっと!字数が、残り僅かになりました。最後は、お芝居です。大阪松竹座の「七月大歌舞伎」、松島屋さんの「伊勢音頭恋寝刃」通しを幕見しました。当代の仁左衛門さんの福岡貢は当たり役ですが、いけずな仲居役の万野を演じる秀太郎先生が素晴らしい。花柳界の遊びを極めた人だけに許される佇まいと言うべきか?今回、通しで上演のため若侍の今田万次郎役も二役で秀太郎先生が演じていますが、こちらは頼んないけど憎めない上方の和事の二枚目を可愛ゆく演じて素敵です。秀太郎先生、我當さんなど、歌舞伎は、脇に役者が揃わないと楽しめない演劇だと思います。

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