「野良猫ロック」と日活ニューアクションの時代

野良猫ロックシリーズ全5作
<主演:梶芽衣子・藤竜也>

1 女番長・野良猫ロック(監督:長谷部安春)共演:和田アキ子
2 野良猫ロック・ワイルドジャンボ(監督:藤田敏八)共演:地井武男
3 野良猫ロック・セックスハンター(監督:長谷部安春)共演:安岡力也
4 野良猫ロック・マシンアニマル(監督:長谷部安春)共演:岡崎二朗
5 野良猫ロック・暴走集団71(監督:藤田敏八)共演:原田芳雄

1972年、高校3年生の夏初めて「キネマ旬報」を手にした時、日活はロマンポルノ路線に変更直後で、既に若者から圧倒的な支持を受けていた。その前年「八月の濡れた砂」「不良少女魔子」2本立で、アクション中心の一般映画の製作を中断していた日活だったが、「キネマ旬報」の読者評(注1)などに於ける若い映画マニアの高い評価から、68年〜71年に製作されたアクション映画の作品群は、「日活ニューアクション」と呼ばれ、特集オールナイト上映の聖地である池袋文芸座で毎週土曜日夜に5本立て上映されていた。その情報は、隔週に届く「キネマ旬報」の広告ページで得るしかなかったが、1972年12月24日ついに私は聖地を訪れたのだ。たぶん何度目かの「野良猫ロック」シリーズ5本立て。その日の観客の熱気は、まさに時代の空気とシンクロしていたと思う。大劇場にあたる文芸座のSOLDOUTを受けて、急遽1時間遅れで地下の劇場が開放された。その文芸地下も超満員で、雨のなか傘を差し、入場待ちに並んでいる時の高揚感は、今も忘れずに我が心にある。

「日活ニューアクション」とは、裕次郎をはじめとするスターが活躍するヒーロー劇が終わっても日活アクションは終わらないという、撮影所システム最後の1ページ、晩夏の残照であり、「野良猫ロック」は、アクション映画の新しい感覚を密かに身につけていた職人監督長谷場安春の才能が、梶芽衣子、藤竜也という素材に出会い一気に花開いた、まさに時代のロック(ROCK OF AGES)なのだ。 TEXT by YASU

(注1)公開当時の「女番長・野良猫ロック」の映画評の中で、今も印象に残っているフレーズは、「地下道も歩道橋もバイクでぶっ飛ばすしかない彼等にとって、返事は今すぐ欲しいのだ。」であった。但し、この返事を出す相手は、映画の中には出て来ない。あえて言うならば、時代であろう。野良猫たちが戯れた新宿駅西口の荒涼とした土地に、何事もなかったかのように建設されるであろう巨大なビル群と、やがてそれらに呑み込まれるであろう若者の未来。自由というやっかいな言葉の前に立ちはだかる権威という奴が、徐々にその正体を見せ始めたあの時代の事である。原田芳雄は、同時代の作品「新宿アウトロー・ぶっ飛ばせ」(監督:藤田敏八)のラストシーンについて、インタビューで中で「新宿のまちから飛び立つヘリコプターが何処へ行くかは描かれていない。でも、此処ではない何処かに行きたいという時代の雰囲気はあった。」と語っている。1970年は、そんな時代だったのだ。参考に、1970年当時のキネマ旬報常連投稿者による「野良猫ロック・セックスハンター」の作品評の一部を以下に転載する。当時の映画青年の熱いおもいの一端が伺える文章だ。

(前略)三年前、種村季弘氏は、鈴木清順監督最後の日活作品、「殺しの烙印」について、「このような、性的支配・被支配の主題が鮮明な映画を企業が撮れるのは、今年が最後かもしれないような気がする」と書いたが、そして彼の予想は図らずも的中し、日活は鈴木監督を「会社の信用を落とす」として解雇してしまった。ところが、どうしたわけか、今また日活は、「殺しの烙印」に優るとも劣らぬ、モダン・アクション映画を復活させつつある。その最も顕著なものが、この「セックスハンター」ではないかと思う。この作品は、長谷部安春監督のアクティブな演出なしには作り得なかったのはもちろんのことであるが、それ以上に大和屋竺の脚本に負うところが大きい。(中略)「セックスハンター」のバロン、「殺しの烙印」のジョー、「処女ゲバゲバ」の屠殺人、彼等は同一人物である。彼等は自分たちの殺す人間と、自分たちが共に同じ立場にいる、つまり被支配者であることに気付かない。では、「幻の星条旗」が、「ナンバー・ワン」が、「ボス」が本当に支配者であるかというと、そうではない。なぜなら、そんなものは初めから存在しないのだから。幻は幻にすぎないのである。本当の敵は、幻を生み、犠牲を要求する、それらの共同体の構造そのものなのである。だから数馬は、ポールを撃った。少なくとも我々は、バロンのように敵を間違えてはならないし、マコはそれを、しかと見届けたようである。
(キネマ旬報 NEW WAVE 論文 藤田真男 当時19歳、学生)

第8回新京極映画祭「光と影」プレイベント

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